『亜人』アニメ化記念 総監督:瀬下寛之×監督:安藤裕章 SPECIALインタビュー

『亜人』が映画化される。コミックス発行部数320万部の大ヒットコミックのアニメ制作を担当するのは、アニメ『シドニアの騎士』で高い評価を得たポリゴン・ピクチュアズ。同アニメに続いてタッグを組む、瀬下寛之総監督と安藤裕章監督にお話をうかがった。

「頭の中で絵が動いた」圧倒的なスピード感

瀬下:『亜人』のことをインタビューのようなかたちでお話するは初めてなので緊張します。

──アニメ映画化が発表されたのはつい先日でしたよね。

瀬下:6 月5日金曜の0時に情報が解禁されました。深夜なのにツイッターがものすごい勢いで動き始めたのでとても驚きました。大ヒット原作だというのはわかっていたのですが、大きな流れに進んでるなぁ(笑)というのが正直な感想です。

──ネットの反響も、「シドニアの監督と副監督なのか!」という意見が多かったですよね。原作をはじめてご覧になったのはいつころですか?

瀬下:映画化が決まり、総監督をやらせてもらうことになった時にはじめて読みました。不思議な魅力というか…物語世界に引きずりこまれました。数百万部も売れるのが理解できましたし、同時にプレッシャーが押し寄せました(笑)。安藤さんも同じタイミングですよね?

安藤:そうですね。一読して、桜井先生は僕らと同じような映画をみている人に違いないと感じました。絵の中に空間性があって、かつスリリング。「24-TWENTY FOUR-」や「プリズン・ブレイク」のようなスピード感と映像的な面白さがある作品だと思います。読みながら頭の中で絵が動きました。

──アニメ監督として刺激される部分があったんですね! ちなみに原作で特に好きなシーンとかありますか?

瀬下:全部好きですけど…、物語の序盤では主人公・永井圭(ながい・けい)の妹・慧理子(えりこ)の病室のシーン。泉と田中、それぞれのIBM同士の戦闘ですね!

安藤:僕は王道ですが亜人研究所の佐藤対圭です。読み進んでいて、研究所内の格闘シーンで「これはきた!」と。

──臨場感がありますよね。好きなシーンとアニメで動かしたいというシーンは同じですか?

瀬下:少し違いますね。僕はシリアス過ぎるのが嫌で…たとえば、海斗(かいと)が警官に飛び蹴りするシーンは、カッコ良いけどちょっとクスってしちゃいませんか? 飛び蹴りってすごく非効率的な技なんですよ(笑)。でも彼はちょっとバカなくらい熱い友情キャラで、その海斗がちゃんと飛び蹴りしてくれている。それが真っ直ぐで愛らしい。そういった人間的なキャラクターもこの作品の魅力のひとつですよね。僕は主に脚本開発を監督していて、実際にアニメーションとして動かす際の演出は安藤さんにお任せしているのですが、このシーンの動きは特に細かくお願いしました(笑)

©桜井画門・講談社/亜人管理委員会

非日常の中にいる、どこにでもいそうな主人公

──『亜人』の魅力のひとつはキャラクターとのことですが、おふたりは誰が好きですか?

瀬下:主人公の圭は当然の事ながら、海斗、中野攻(なかの・こう)、戸崎、泉、佐藤、皆それぞれ魅力溢れています。原作は非常にシリアスだし凄惨な場面もあったりするんですけど、戸崎と泉、佐藤と田中のやりとりなど、ユーモアやウィットに富んだ場面も多いです。戸崎なんか本当に人間臭いし(笑)。

安藤:とっつきとして本当に面白いキャラですよね。恋人・病院の費用・職場の人間関係・見栄…しがらみだらけ。

瀬下:佐藤なんか自由気ままだから腹たってくるときがあるんですよね。好き勝手に生きてるなーって(笑)。だから物語の最初のほうは戸崎が共感しやすかったんですが、最後はやっぱり圭にたどり着きました。

安藤:僕もです。それって同じになっちゃうんですよね。不思議です。

瀬下:圭は特別な力を持っているのに、“世界を守る善い人”にならないじゃないですか。今までにはない、非常に今の時代を反映した新しいヒーローだと思います。正直言うと、永井圭ってキャラクターは多くの人が最初好きじゃないと思うんです。

──海斗や攻の方がヒーローっぽいですよね。

瀬下:そうなんです。情報が氾濫してステレオタイプの主人公にちょっと飽きてきている…。だから、圭のようなキャラって『いそうだよね』と感じるはずです。「特別な力を持ったからといって、なんで世界を救わなきゃいけないんだよ」「自分はただ普通に暮らしたいだけ」という考えは、とてもリアルです。たとえば、手のひらから蜘蛛の巣が出るようになったからって、ビルの谷間を飛んでみたりしないですよ(笑)。僕だったら、たまーに公園で小さい子に自慢するくらいです(笑)。広まっちゃうと面倒臭い。ましてや、自分や身近な人が不死身…亜人だったら絶対に隠しますよね。

安藤:力を使うとしてもコッソリだと思います(笑)。

──騒がれたりしたら面倒ですよね。

瀬下:そう。圭が佐藤と戦う理由って、ある意味では面倒臭いからなんですよ。「余計なことしやがって」「俺の暮らしを邪魔するな」って感覚。あと、「皆そんなに本当に人の事なんて考えてるの」って質問するじゃないですか。あれは脚本開発中にも突き刺さりました。だから、最後には圭にすごく共感するんです。…これが圭の魅力です。でも演出的には大変ですよね。表情乏しくなりがちだし(笑)。

安藤:難しいですねぇ。さっき瀬下さんも言っていましたが、最初は「性格悪いなコイツ」って感じなんです。序盤から魅力的にしすぎてしまうとストーリーにあわなくなってしまう。かといって主人公だからカッコ悪くするわけにもいかない。

瀬下:ギリギリの範囲でおさめていますよね。脚本開発時には、このセリフをこの時点で言わせたらキャラの魅力が落ちすぎちゃうからやめましょうって、セリフを削ったりとか…。とにかく段々とクールになっていくキャラクターなんです。劇的な状況といのは大抵非日常的な事だったりしますが、圭ってものすごくいそうな主人公だから、出来事に対するリアクションのさじ加減が本当に難しい。海斗と攻の方が描きやすくないですか、安藤さん。

──どうですか?

安藤:そのとおりですね。考えていることが顔とか態度とかに直結するキャラクターはわかりやすいので。だから、圭は周りの人にいかに引っ張ってもらうかがポイントだと思っています。友達との巡り合わせは本当に大切なんだと感じています(笑)。

瀬下:究極的にはバディものですね(笑)。ちなみに、佐藤は圧倒的悪として強烈な存在感ですが、実は彼に一番似ている存在は圭です。二大無感情キャラの戦いに、すごくわかりやすい性格のキャラが巻き込まれていくという構造が実に面白い。

安藤:その点では、声優の方たちそれぞれの魅力的な芝居には本当に助けられました。

総監督瀬下寛之

CG黎明期の80年代から、映画、TVCM、展博映像、ゲーム映像等、様々な分野のCGやVFX映像の制作に従事。 2010年より、ポリゴン・ピクチュアズに所属。『ストリートファイターX鉄拳』等、数々の作品でディレクターを務め、現在『シドニアの騎士 第九惑星戦役』の監督。
代表作:『シドニアの騎士』『ファイナルファンタジー』

監督安藤裕章

1993年、セルアニメーションのデジタル化に取り組むべく、『MEMORIES』(1995年)のCGI担当としてアニメーション業界に参入。その後、『スチームボーイ』(2004年)のCGI監督、『鉄コン筋クリート』(2006年)の演出・ストーリーボードなどを経て、オムニバス劇場アニメ『SHORT PEACE』(2013年)内『GAMBO』では監督を務める。『シドニアの騎士』では演出・ストーリーボードを担当し、『シドニアの騎士 第九惑星戦役』では副監督。
代表作:『シドニアの騎士 第九惑星戦役』『SHORT PEACE』(GAMBO)

「永井圭がかたちになった」声優のクリエイティビティ

──声優さんはまだ発表されていないですよね?

瀬下:はい。まだ秘密です(笑)。でもうちはプレスコなので、すでに声の収録はあらかた終わっています。

──プレスコって先に音声を録って、そこに絵をあわせていく方式ですよね。絵にあわせて収録するアフレコではなく、なぜプレスコという手法をとっているのでしょう?

瀬下:技術的な面からいうと、プレスコは3DCGとの相性がとても良いのです。3DCGの制作は、実写の撮影イメージに近いところがあるんですね。すべてのキャラクター、大道具・小道具などを、コンピュータ内の『仮想スタジオ』で配置し、撮影し、編集するというプロセス。たとえば、実写のスタジオで監督が、撮影中急に「このセットの隣りにもう一部屋作って」とか言い出しても、「そのセットを作るのにもう2週間ください」っていう風になったりします。事前準備無しには対応できないのです。CGの場合、なるべく早い時期…脚本段階で必要な要素を抜き出し、あらかた準備して、絵コンテ通りに撮影する。だから、声優さんの演技力というクリエイティビティを「先にいただいて」、それにあわせて表情とか口パクとかをつける手法をとった方が我々のプロセスではクオリティが出しやすいんです。

安藤:そうですね。「役者さんの芝居をより生かしたい」「アイディアをもらったり、より魅力を引きたてたい」という時にはいい手法じゃないかなと思うんです。

瀬下:本当にそう。役者さんの演技力というクリエイティビティに本当に助けてもらっています。多くの声優さんはアフレコ…つまり絵がある状態に慣れていますので、設定画見せたりしてビジュアル的な補足をし、演出的にはこうですよという説明はします。皆さん最初は多少困惑されますが、それぞれが想像力を働かせて、役を作っていきます。「きっとこうだろう」「こういう解釈だろう」と自分の演技に落とし込んでくれる。キャラクターが生まれるんです。たとえば、佐藤役の声優さんがプレスコやっている時に、「あ、佐藤が生まれた」って感じがするんです。圭の声優さんが声を発すると「今ここに永井圭がいる」「永井圭がかたちになった」っていう感じがするんです。役者さんの演技が素晴らしい。実際、錚々たる声優陣なので楽しみにして欲しいですね。

安藤:プレスコの現場は聞いているだけで楽しかったですね。

瀬下:ラジオドラマとして売れるんじゃないか…ってくらい面白い。これ絵つけなくてもいいんじゃないかなって思ったりして(笑)。

安藤:あと、音響監督の遊び心で、思いもよらないキャラを主役級の声優さんがやっていたりするので楽しんでもらえれば。

瀬下:あれは僕もびっくりしました。「やけにうまいな〜」って思ったら良く知ってる人だったり(笑)。

原作を尊重しつつ、発見があるものを

──声優さんの演技以外ではどんなところが見どころですか?

瀬下:アニメオリジナルのストーリーでしょうか。原作はまだまだ続いていますから、アニメとして完結させるにあたり、脚本開始段階で桜井先生にお会いし、設定やこれからのお話についてうかがいました。

──桜井先生の方から原作に忠実にやって欲しいというようなお話はありましたか?

瀬下:原作のネタバレが無いことと、世界観設定についてはよほど逸脱しない限り、アニメならではのストーリーに対してとても柔軟に理解していただいています。とはいえ原作を尊重するのは当然ですから、安易に改変はできません。原作の持っている魅力は最優先でリスペクトし、設定上のバランスに気をつけました。実際、原作の情報量が膨大で、全てをカバーできません。けれど、アニメだからこその魅力を掘り下げられるようなストーリーを考えました。原作とうまく補完しあえるように、かつ「えっ!アニメではこうなんだ」というようなオリジナルエピソードもふんだんに入れています。原作ファンの人も楽しめるでしょうし、アニメから入った人も原作を読むと、より深く楽しめる!というようなつくりになっています。

──補完しあう物語というのはとても楽しみです! ちなみに、発見とはどのようなことですか?

安藤:漫画は読み手が自分の時間軸を持って読み深められることができますよね。スピード感然り、漫画の中で時間軸を持っています。けれど、アニメはみている人を同じ時間軸にしばりつけることになります。原作がもっているスピード感を漫画とは違う形で体感してもらえると思っています。

瀬下:たとえば「IBMってこんなふうに戦うんだ」「そうだったんだ!」っていう発見。実際、もともとの漫画の迫力やカタルシスをそのまま超えることはなかなか難しいんですけど、でもやっぱり「動く」というアニメならではの時間軸は我々の武器です。

──時間軸という考えは面白いですね。

瀬下:あと、先ほど安藤さんが原作そのものに空間性があると言っていましたが、これは3DCGの得意とする表現です。僕や安藤さんも元々CGとかVFXの出自ですし、このスタジオも30年以上続くCGスタジオの老舗です。得意とする空間性を、構図や配置のエッセンスとしてふんだんに取り入れています。真正面とか真横をあえて避けて、常に遠近感を強調する構図を意識しているのです。そういったカットを積み重ねて編集する事によって、高い臨在感とダイナミズムを得られます。

──アニメ『シドニアの騎士』も、キャラクターの動きに奥行きがあって驚きました。ググッと迫ってくるような感じとか。

瀬下:アニメになった『亜人』も、スピード感や絵の持つ迫力は原作に匹敵しうると思います。圭と海斗がバイクに乗っているシーンとかカッコ良いですよ。まさにバトルサバイヴアクション映画という感じです。

安藤:あと、ライティングにもぜひ注目して欲しいですよね。

瀬下:そうですね。ライティングは絵づくりに置いてすごく重要です。構図の一部であり、絵のムードを支配します。そのカットやシーンが物語全体で果たす意味を作るのは、むしろライティングだという思想でつくっています。ライティングがダメだと、緊迫感など、物足りない絵になります。

──シーンの空気感を決める?

安藤:そう。ライティングは見る人の感情をコントロールします。たとえば、絵を見た人が悲しい思いをするのか、ドキッとするのかを決めているのは実はライティングです。見ている人の心を支配する力があるんです。

瀬下:ライティングにここまでこだわるのって僕らの個性です。…理解されないことも多いんですけど(笑)、ぜひそこを見て欲しいなと思っています。

──最後にひと言お願いします!

瀬下:原作はSF、ホラー、バトル、ドラマと、たくさんの要素が織り込まれた素晴らしい作品です。そのたくさんの要素の中から、アニメ『亜人』では原作同様に劇的な人間群像を描きながらも、スピーディなアクション部分に特化した作品として、多くの方に楽しんでいただけると思います。アニメから入った人が単行本を観たくなるような、単行本から入った人もアニメを楽しめるような作品として仕上げますので、是非期待していてください。原作中の圭も海斗も戸崎も皆カッコ良いですけど、アニメでも魅力的です。だって声カッコ良いし、縦横無尽に動きまわりますから!

安藤:あと、泉ちゃんや慧理子はかわいくなりますね。

瀬下:もちろんかわいいですよ(笑)。

──瀬下総監督、安藤監督、ありがとうございました!

文/松澤夏織

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