『このマンガがすごい!2015』オトコ編 1位 聲の形 大今良時

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「このマンガがすごい!2015」の受賞とアニメ化への思い

——まずは「このマンガがすごい!2015」オトコ編第1位受賞おめでとうございます!ちなみに、受賞の第一声は?

「やったー!ありがとうございます!」といった気がします。友達がいたらもっとはしゃいだかもしれないですけど大人なので(笑)。

——連載終了と同時にアニメ化も発表されて、ニュースにもなりましたね!

アニメ好きなので、とてもうれしいです。アニメって動きや目線、呼吸など、たった1秒で気持ちを表現する方法が山ほどあるんですよね。それは漫画ではできないことなので楽しみです。

——声優さんがどう演じるかも気になるところですね。

西宮の演技はとても大変だと思います。彼女は耳がまったくきこえないわけではありません。同じ音域・音量でも高音と低音できこえていたりきこえていなかったりするんです。音の発信源に集中しているかどうかでも違います。振動なども敏感に感じているので、きこえている音ときこえていない音を意識しないと、あっという間にニセモノになってしまいます。

似顔絵

大今良時

1989年3月15日生まれ。第80回週刊少年マガジン新人漫画賞入選。2009年『マルドゥック・スクランブル』(原作冲方丁、全7巻)で連載デビュー。2013年より「週刊少年マガジン」にて『聲の形』を連載開始。2014年に連載終了と同時にアニメ化が発表された。雷句誠先生に描いてもらった似顔絵がお気に入り。

入選作の不掲載から連載開始まで

——『聲の形』は新人漫画賞で入選を受賞しましたが雑誌への掲載が見送られたそうですね。

「マガジンSPECIAL」への不掲載は、当時の編集部の判断だったとしか私はきいていません。とても残念でしたし、「描いてはいけないものだったのか」と思いましたね。その後、「別冊少年マガジン」に掲載できると聞いた時はとても嬉しかったです。

——その後、2013年2月に「週刊少年マガジン」に入選作をリメイクした読切が掲載されました。

実は、読切は連載用の第1話としてつくったものでした。連載作品を決める会議では通らなかったのですが、編集長が試しに読切で載せてみようかって言ってくださって。あとで担当さんにきいた話ですが、「この漫画を読んで傷つく人がいるのでは」という懸念もあったとのことでした。結果として、読者の方から「元気づけられた」という感想を数多くいただき、連載という形で石田たちを描けることになりました。

——連載スタートにあたり、苦労されたことはありますか?

連載用の第1話が読切として載っちゃったことですね(笑)。一度完成品として出した作品と同じものをもう1度描くことを私自身が受け入れられなくて…。でも、西宮の障害を表現するのに、読切で描いた音楽の授業に勝るものなんてないんですね。そんな状況で、「どうすれば読者の方に新鮮な気持ちで読んでもらえるか」とものすごく考えました。そしてひらめいたのが視点を変えることだったんです。ひとつの世界で起こった事を神の視点で主要キャラをまんべんなく描いたのが読切、石田の視点にしぼって描いたのが連載です。時系列もちゃんとあわせてあるんですよ。

——そうなんですか!(驚) 連載は石田のモノローグが増え、彼を中心に話が進んでいきます。

石田視点にすることは 西宮硝子という“よくわからない対象”との関係を描く作品のコンセプトにぴったりでした。西宮のモノローグは排除し、石田の知らないことは読者にも知らせないというのをやりたかったんです。

——連載中、先生自身が描いていて意外に感じたことはありましたか?

本当は石田の両親の離婚の理由など、彼を取り巻く環境をもっと描く予定でした。けれど石田が、思った以上に学校や友達のことばかり考えていたので、そういった部分をそぎ落としていくことになったのは意外でした。

『聲の形』のキャラクターはこうして生まれた

——ここで少し大今先生ご自身のことをおうかがいしたいと思います。ネットの意見をよくご覧になるそうですが、アンチ意見などを見て落ち込まないですか?

実は書き込まれた内容よりも書いている人に興味があるんです。たとえば、西宮アンチの人のコメントを追って行くと植野ファンだったということもあります。その人のキャラクターが見えてくると、ただの文字じゃなくて、書き込んでいる人も私と同じような顔をした人間なんだなと実感できて楽しいんです。なんか根暗っぽいですけど(笑)。

——いえいえ(笑)。多彩なキャラクターが生まれた背景を見たような気がします!

ファミリーレストランでの人間観察も大好きです。本当に色んな人がいるんですよ! ドリンクバーの飲み物を全種類持ってきて並べているおばあさんとか、「お金は払わない!」と絡む人に「いえ、払っていただかないと」って毅然と対応する店員さんとか。あとは、『聲の形』のメンバーがファミレスにいったら、永束は炭酸を頼むだろうな〜とか考えたりしています(笑)。

6巻の表紙とタイトルに込めたもの

——単行本6巻の表紙を見た時、橋の下で一人笑顔のない西宮にとまどいを覚えました。1〜5巻までずっと石田と二人で微笑んでいましたよね?

私、この顔を描きたくて仕方なかったんです。西宮は、本当はこういう顔をしていたいんです。でも、生まれたときから両親が争ったり、クラスの空気が悪くなったりするのをずっと見てきて、自分を中心に色んなことが壊れてしまったと感じている。だからそれを表に出すことは彼女にとっては傲慢なことなので、笑顔の下に隠してきたんですね。

——最新7巻の表紙は柔らかい色使いで西宮も笑っているので何だかホッしました。

西宮は、石田に大ケガをさせたこと、もしかしたら彼が死んでいたかもしれないこと、そして自ら死ぬことは許されないという思いを抱えてこれから生きていきます。そんな彼女が一切を忘れて楽しくいられる瞬間は、皆が仲良くしているところを見ている時だけだと思って描きました。

——タイトルをつけるにあたり、“聲”という漢字にしたこだわりがあるとうかがいました。

この字は“声”“耳”そして手の動作をあらわす“殳”から成り立っていると同時に、思いを伝える手段が分裂しているとも感じました。1つだけでは思いは伝わらないというのが作品らしいと思ったのが決め手です。

——発せられたらなくなってしまう声を“形”としたのもとても印象的です。

“形”とすることで可能性を感じられるのではと。形ってひとつじゃないですよね。○も□も△も形です。そういった多様性をこの漫画で表現したかったんです。漫画は石田と西宮がトラウマに立ち向かうような構図で終わりましたけど、それが尊いことではありません。逃げるという選択もあるし、そうでないルートもある。『聲の形』は「こうすべき」っていう結論を示すためではなく、ただこれからどうしていくかという第一歩を描いた物語です。

——今回の受賞とアニメ化で今後さらに注目度があがっていくかと思います。『聲の形』ファンとしてはスピンオフなどがあるのか気になるところなのですが、ご予定とかはありますか?

永束が主役のギャグとかいいな〜。あ、でも見たい方いますかね?(笑)。

——見たいです(笑)。

描かせてもらえるなら、ぜひ描きたいです。うーん、あるのかな(笑)。気長に待っていてもらえたらうれしいですね。

文/松澤夏織

聲の形 第6巻

初公開 掲載までの経緯と読者からの反響

マガジンの連載会議では、編集部全員が〇△×をつけます。通常は、玉虫色的な「△」印も頻出するものです。しかし「聲の形」の連載案を会議に出した時は、編集部の意見は真っ二つに分かれました。
〇か×か。
〇を付けた編集者は、まず何よりも「面白い」ということ。
そして、こういう社会的な意義のある漫画を載せることこそが、マガジンの個性、美点ではないか、という意見を述べました。
×を付けた編集者も、この漫画の素晴らしさ、力は大いに認めていました。その強すぎる力により、傷つく人々がいるかもしれないと危惧した結果の判断でした。

会議の結果は、「まずは読み切り掲載」となりました。

全日本ろうあ連盟さまにも協力を仰ぎ、こころよく監修に入っていただきました。法務部、弁護士にも読んでもらい、掲載した場合の悪影響を量りました。

その結果、2013年2月に載せた「読み切り 聲の形」は驚くべき反響を起こしました。読み切り作品では、かつて見たことがないような、ずば抜けた人気を獲得し、その号の実売は、前号よりも6万部も伸びました。

編集部の電話は鳴り響きました。抗議のお電話ではありません。「よくぞ載せてくれた!」という激励、感謝を寄せるために、みなさま、電話してくれたのでした。

大今先生の思いの通り、「聲の形」は連載化することができました。会議に出した「聲の形」とは、また違う内容ですが。連載後も読者の方の反応は多くいただきました。
ほぼすべて、好意的な内容ばかりでした。

また、NHKのハートネットTVや聴覚障害者の方向けの新聞でも、「聲の形」を取り上げていただきました。そこでは、実際の聴覚障害者の方の、作品への賛否も知ることができました。
連載を喜んでくれている方々は、「この作品は、耳が聞こえないことを『個性』として描いてくれている」。
「私たちも、普通の人と同じように、他者とのつながりを求めて生きている、ということを言ってくれた」という反応をいただきました。

批判されているご意見には、「現実は、こんなに楽じゃない」というものや「現実は、こんなに酷くはない」というものがありました。

そのご批判にふれ、あらためて知りました。一人ひとりの方が、自身に特有の事情と障害の中、誰にも聞かれない「こえ」を抱いて生きていることを。先生は、すべてを受けとめ、1年余りの連載を走りきる原動力とされていました。おかげで、「賛」も「否」も、まばゆさに包まれた1年でした。

文/担当編集者

聲の形 第7巻

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© 大今良時/講談社

このマンガもスゴイ!2014