綿密な取材に基づいたストーリー制作の舞台ウラ 『コウノドリ』鈴ノ木ユウ特別インタビュー

2015年10月金曜夜10時から放送するドラマ『コウノドリ』。原作は「モーニング」で連載中の同名漫画だ。作者である鈴ノ木ユウ先生にドラマ化への思いと、妊娠・出産を描くことについて話をうかがった。

刺激を受けたい

──ドラマ化を聞いた時の第一声を教えてください。

鈴ノ木:「あ、そうスか」という感じでした。実はその時「今度の話どうしよう」ということで頭がいっぱいで(苦笑)。うれしかったことは覚えていますね。

──奥様と息子さんの反応はいかがですか?

鈴ノ木:妻は「わお!」って驚いていましたね。息子はコミックスのあとがきでいろいろ協力してもらっていたからか、「オレは? オレは?」と言っていました(笑)。

──自分も何かリアクションがあるかと(笑)。主人公の鴻鳥サクラ役は綾野剛さんです。キャストの印象について教えてください。

鈴ノ木:実は僕、あまりドラマとか映画を見ないんです。だから俳優さんにもうとくて…。そんな中唯一欠かさず見ているのが朝の連続テレビ小説で。だから綾野剛さんはすぐ「あ!『カーネーション』の人だ!」と思いました。奥さんに説明する時も、「ほら、あのミシンのさあ」という感じでした。四宮役の星野源さんもまったく同じで、「『ゲゲゲの女房』に女房(松下奈緒さん)の弟役で出てた! 海で死んじゃった人!」って(笑)。後日、アシスタントさんから星野さんがアーティストとしても活躍されている方だときき、驚きました。

──朝ドラって見始めるとついつい見てしまいますよね。

鈴ノ木:そうなんですよ。もとをたどると漫画に似ているなと思って見始めたんですけど、面白くて朝の日課になりました。

──どういうところが漫画に似ているのでしょう?

鈴ノ木: 要素がぎゅーっと凝縮しているところです。漫画なら18ページ、朝ドラなら15分で話をつくるところです。15分の中に何シーンあって、それに対してどれくらいセリフがあったかと考えながら見たことは漫画の勉強になりました。

──さらに1話である程度オチがつきつつ、1週間でまとまりがあってみたいな。

鈴ノ木:そうです。

──ドラマとなると、今まで漫画を知らなかった人が作品を知る機会が増えると思います。ドラマのメリットについてどうお考えですか?

鈴ノ木:僕、ドラマってとても親切だと思うんです。漫画は絵もセリフもありますが、それプラス自分で想像しながら読み進めるというシチュエーションが多々あります。そういう部分をドラマは音楽や俳優さんの演技などで補ってくれるんですよね。特に漫画が原作だと見ている人はイメージがしやすいと思います。

──ドラマ『コウノドリ』に何を期待しますか?

鈴ノ木:「ああ、こういう表現があるのか!」という気づきをもらえたらいいですね。昔『ミスター味っ子』(寺沢大介/講談社刊)のアニメで、人参のロケットに乗って食べた感想をいうシーンがあったそうなんです。原作にない表現を見た寺沢先生が刺激を受けて、それから漫画にも登場するようになったとアシスタントさんに教えてもらいました。いい影響を受けあうって必要なことだと思うんです。だから原作に忠実につくるよりもドラマだからこそできる表現に役者さんやスタッフの方には挑戦して欲しいですね。より良い漫画を描くための刺激をもらいたいし、痺れさせて欲しいと思っています。

「自分は幸せだ。良かった」とは思えなかった

──『コウノドリ』を描こうと思ったきっかけについて教えてください。

鈴ノ木:妻が妊娠して、子供が生まれ、お金がないながらも幸せを感じていた時、ある産婦人科医の方から出産の現実を聞く機会があったんです。ちょうどその頃、世間では野良妊婦といわれる未受診妊婦の問題が取りざたされていました。出産まで検診を受けておらず突然病院にきて産む人、注射針を盗んだり、子供を置いて病院からいなくなってしまう母親など正直驚いて。その時に「これは描かなきゃ」と思いました。自分がやらなきゃと思うなんて今思うと何様かという感じですが、その時は使命感に燃えていました。僕は子供と奥さんがいて幸せでしたが、そういった状況にいる人がいると知って「自分はそうじゃなくて良かった」とはとても思えなかったんです。

──執筆にあたり、いろいろ取材をされるそうですね。

鈴ノ木:鴻鳥先生のモデルの1人でもある荻田先生のいらっしゃるりんくう総合医療センターには年に3回くらいお邪魔しています。産科、新生児科、救急科や麻酔科の先生から話をきいて漫画のネタを貯めていっています。

──取材で印象に残っていることはありますか?

鈴ノ木:出産と救急救命はすごく似ている部分が多いと感じました。どちらもこうして話している5分後には何が起こるかわからないんです。けれど、たとえば妊婦が救急で運び込まれた時、救命科の先生はわからないことが多いため本当の意味で診ることができないという話を聞きました。東日本大震災の時にボランティア先で出会った妊婦さんをその先生は診ることができなかったそうです。「どうしよう。ここに産婦人科の先生がいれば」と思いながら、ヘリコプターで別の場所へ送ったと。9巻でとりあげた死戦期帝王切開では母体・胎児ともに危険な状態になり、救急科・産科が連携して分娩と母体の生命維持を同時に行うという手術を描きました。りんくう総合医療センターは、複数の科が連携する体制が整っている病院ですが、一般的な病院は施設の問題などでそこまで整っていません。連携は大事だけどできる場所が少ないのが現実です。鴻鳥先生のいる聖ペルソナ総合医療センターを産科と救急科が協力している病院として描いているのは、こうなって欲しいという願望でもあるんです。

フィクションのリアル

──取材でいろいろな話を聞いたからこそ、リアルなお話が書けるのかと感じました。一方で、現実を見たからこそ描くことが難しくなってしまったことはありますか?

鈴ノ木:僕は「描いちゃいけない」ということはないと思うんです。ただ、取材先で聞いたことをそのまま描くのは違う。僕が見たものや嗅いだにおい、感じたことをもとに編集さんと話をつくるのが自分の仕事だと思っています。だからわからないことをお医者さんに聞くことはあっても、妊婦さんに直接気持ちをたずねることはしません。妊婦さんやその家族の気持ちに寄り添うことはあっても、聞いたことを描くのはやっぱり「違う」んです。漫画はフィクションですから。ただ、ハッピーじゃない話は難しい…というかしんどいですね。赤ちゃんが亡くなってしまう話は、本当にそれで良いのかとずっと考えますし、一度話の流れが決まってからも考えます。それは僕だけじゃなくて編集さんもそうです。「やっぱり違うんじゃない?」とか「こうした方が」ということは多々ありますし、打ち合わせごとにコロコロ変わったりします。でもきっとそういうことが大事な漫画だと思うんですよね。

──描き終えた後で違ったかもと思い返したりしますか?

鈴ノ木:こっちの方が良かったかなというのはありません。でも漫画でとりあげたことと同じ経験をした人全員が『コウノドリ』を読んで「描いてもらって良かった」と言ってくれるとは思っていません。傷ついて読めない人もいるでしょうし、読みたくなかった人もいるかもしれない。全員納得いくのは無理だと思うけれど、「無理だから」と軽く考えないようにしています。

──見たものや嗅いだにおい、感じたことをもとに話をつくっているとのことですが、今でも思い出される光景やにおいはありますか?

鈴ノ木:僕が取材に行った3日前に奥さんが脳死になってしまい、子供は脳に障害があって旦那さんがひとり残されたという話を聞いたのは忘れられないですね。あと、NICU(新生児集中治療室)はつらかった。その子供とぼくは何の関係もないけれど、子供がつらそうにしている姿はしんどいですよ。7巻は丸ごとNICUの話でしたがとても神経質になりました。

──NICUは具合が良くない赤ちゃんが多いですものね。

鈴ノ木:1年以上いる子もいて、いつ出られるかわからない赤ちゃんを見ると、「親はどういう反応するのだろう?」「自分だったら?」と考えました。僕の漫画で描いているのはごく一部だけですが考えずにはいられません。けれど、漫画でその話を描く描かないを別にしても、そこで感じたことや彼らから僕に伝わったことは別の話だとしても何かかたちになると思うんです。

答えは読んでくれた人に

──作中では妊婦さん自身の話以外にも旦那さんをフィーチャーした話もありますよね。たとえば4巻の風疹をあつかった話は「モーニング」の読者である男性にはすこし恐ろしい話だったのではと思いました。知らないうちにかかって、知らないうちに妊婦さんにうつし、その子供が重い障がいを持って生まれてしまうなんて。

鈴ノ木:そうですね。でも風疹って20代〜40代の男性の80%がかかるんです。けれど知られていないし、僕も知りませんでした。風疹のワクチンは1万円もするので軽率に打ってくれとは言えませんし、言うつもりもありません。けれど風疹の怖さやワクチンの存在を知ってもらいたいなって。僕は注射がすごく嫌いですが、自分のために打つ注射を誰かを助けるためと思うようにしたら違う気分になったっていうか。帰りの道はいつもより空が青く見えた…みたいな感じなんですよね、かっこよく言えば(笑)。今は補助金が出ますので、もっと安く注射を打てます。

──最新10巻では奥さんが長期入院することになり、子供の世話や仕事に忙殺されるお父さんが登場します。ファミリーサポートの話は印象的でした。

鈴ノ木:ああいう状況になったお父さんってきっと視野が狭くなってしまうのではないかと思うんです。誰かに助けてもらおうという判断ができないくらい追い込まれちゃう。だから困った時の選択肢の一つとしてこういうものあるよという気持ちでファミリーサポートを取り上げました。決してこれが良いとか正解だとは思っていません。ただちょっと知っていたら調べてみるとっかかりになるかもしれないし、あるいはこの話を読んだことで「今奥さんが入院したら自分は…?」と考えるきっかけになるかもしれない。どこに気づきを得て、どう考えて答えを出すかは僕がすることじゃない。読者さんにおまかせしたいと思っています。

──最後に読者の方へお願いします。

鈴ノ木:子供が生まれた時、無事に産んでくれたこと、無事に生まれてくれたことがとてもありがたいと感じました。同時に、子供を優しく育てたいなと思ったんです。おそらくこの漫画は子供がいる方が多く読んでくださっていると思うのですが、同じように感じてもらえたら嬉しいです。子供がいない人はこれからの人生を考えてもらえたらと思います。あるいは自分がお腹にいる時に親がどんなことを考えていたのか聞くきっかけになったりしたらいいですよね。「ああ、母ちゃんがんばってくれたんだな」って少しでも優しい気持ちになってくれたら、それだけでも嬉しいです。僕はもともと漫画家になったら家族を描きたかったので、妊娠・出産というかたちで読者の方に伝えられればいいなと思っています。

文/松澤夏織