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監修者より

その昔。 子供達の娯楽は、紙芝居でした。毎日公園で繰り広げられるワンダーな物語に子供達は胸を躍らせたものです。 やがて貸本漫画が誕生し、漫画がより身近なものになると、子供達は足繁く貸本屋さんに通い詰めたのでした。少年漫画雑誌が創刊され、子供達は毎週毎週、マガジンやサンデーの発売日を心待ちにするようになりました。漫画は世の中を席巻し、子供だけでなく大人達も読むようになりはじめて、青年漫画誌も続々と誕生しました。さらにテレビが普及すると漫画はドラマやアニメとなって人々の生活により深く浸透することとなったのです。ゲーム機が登場し、パソコンが必需品となり、人々の娯楽は時代とともに日々更新され、今も進化しています。
そして。 どのシーンにも、水木しげるがいました。 水木しげるは、メディアも時間も超えて、半世紀以上にわたって常に第一線で活躍してきたのです。いいえ、今もその活躍は続いています。朝の連続ドラマになり、グッズも日々大量に生産されています。新作漫画も発表され続けています。故郷である鳥取県境港市には大勢の人が訪れ、記念館の来訪者数記録は毎年塗り替えられています。海外の漫画賞をもらい、勲章も授けられ、文化功労者として讃えられても——。 水木しげるは、まったく変わりません。紙芝居を描いていた頃と変わらずに、私達を楽しませようとしてくれているのです。
現在、日本に「水木しげるを知らない」という人は限りなく少ないはずです。 でも。 紙芝居を見ていた子供達は、もう子供ではありません。最新版のアニメに心をときめかせていたのは、大人ではありません(大人もときめいていたようですが)。「あなたの知っている水木しげる」の他に「あなたの知らない水木しげる」がたくさんあるのです。こんな「もったいない」ことはないでしょう。 このたび、「水木しげる漫画大全集」の監修を拝命しました。この上なく光栄なことですが、同時に、その重責に身が縮みます。 物心つく前に水木漫画と出会い、水木漫画と共に育ち、水木しげるを師と仰いで歳を重ね、水木先生ご本人にお会いして、本当に弟子入りしてから二十年。それでも、水木漫画の全貌は摑めません。時代を先駆けて発表された怪奇漫画、飄々としたギャグ漫画、痛烈な風刺漫画、迫真の戦記漫画、心に染みる幻想漫画、滋味あふれる身辺雑記漫画……。 そうしたもろもろが、やがて「妖怪」に結実し、そして「妖怪」を経てさらに昇華して行く、その過程こそが水木漫画の醍醐味です。水木漫画は戦後日本の娯楽シーンの歴史であり、妖怪を生んだ日本文化の鏡でもあります。
もちろん、堅苦しいものではありません。「読み棄てられてもいい極上の娯楽」こそを、水木しげるは齢九十を超した今もまだ、追い求めているのですから。 いつだって水木しげるはオモシロかったし、今もオモシロいのです。全集もオモシロくなければ、水木先生に「イカン」と言われてしまいます。 マニア向けの作り方では水木しげるは決して納得しないでしょう。でも、マニアがそっぽを向くような雑なものを作るわけにはいきません。老若男女、濃い人も薄い人も、コレクターもビギナーも、誰もが手に取ってくれるような、オモシロがってくれるような、そんな全集にしなければいけないと、覚悟しています。超えなければいけないハードルはいくつもありますが、編集委員ともども乗り越えて行く所存であります。
初めて読んでも懐かしい、何度読んでも新しい―。 そんな水木しげるの漫画を、世代を超えて読み継いでいただけるよう、「できるだけ全部」「限りなく完全な形で」お届けできるよう、鋭意努力致します。 応援していただければ幸いです。 全日本妖怪推進委員会肝煎小説家 京極夏彦