『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記』第2巻発売記念【特別企画】竜田一人氏インタビュー「全面マスクの下の顔」

「肩書き:廃炉作業員」

──単行本1巻が異例の初版15万部、また『このマンガがすごい! 2015』のオトコ編第4位を受賞するなど、2014年は大変注目を浴びた年だったかと思います。ご自身の実感としてはいかがですか?

様々なメディアに取り上げられたことで、たくさんの方に単行本を手に取っていただき本当にありがたく思っています。また、昨年は福島第一原子力発電所(以下福島第一原発)に再び働きにいったことが個人的には大きかったですね。単行本発売直後に連載をお休みしたので、読者の皆様に対して非常に申し訳なく思いました(苦笑)。

──どのくらい行かれたんですか?

7月と10月の計2回、トータルで3カ月ほどです。現地の宿舎で描いた回もあるんですよ。

──福島第一原発で漫画を…!! 漫画家と作業員の二足のわらじですが、竜田先生が今自己紹介をするとしたらどのように名乗りますか?

あ、あの、その前に、先生と呼ばれるの、とっても居心地が悪いので普通に呼んでもらえると…!(笑)

──あっ、では竜田さんで(笑)

意識としては半分以上が作業員なんですよ。たとえ働いている期間が短くても、自分ではそう感じています。なので答えは肩書きは「廃炉作業員」。漫画家が作業員をしているのではなく、作業員が漫画を描いているという方がしっくりきます。

大学卒業後、数々の職を転々としつつ、売れない漫画家として活動。2012年に半年間、福島第一原子力発電所で作業員として働いた経験をもとに『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記』を執筆。 ペンネームは、東日本大震災で休止した常磐線竜田駅に一人の男がたったということからつけられた。なお、2014年6月に竜田駅までは営業運転が再開されている。

作業員が描いた漫画の価値

──ご自身の体験を漫画にするにあたり、なぜルポというジャンルを選んだのでしょうか?

1作目(入賞作『いちえふ 福島第一原子力発電所案内記』。単行本1巻に収録)を描くにあたり、最初はフィクションを混ぜて派手な演出にしたものを考えました。今まで売れた本の傾向をみても煽ったもののほうが売れていましたし、恐怖を全面に押し出しておどろおどろしく描いた方が売れるんじゃないかって。でも、私が福島第一原発で見たことを考えると、どうしてもそんな風には描けなかったんです。世間で言われているほど、どこもかしこも危険なわけではないですし、作業員全員が劣悪な条件で働いているわけではない。白か黒かみたいな単純な話ではありません。世間で報道されていることがあまりに現実と違うので、見たことをそのまま記録として残そう思ったんです。最初からルポ漫画にしようとしたわけではなく、結果としてそうなったという感じです。それまで潜入したルポライターが書いた作品は多くありましたが、作業員が自分の体験や職場の実態を記録したものがなかったのも大きかったです。何かを見つけようとするルポライターの目線と、あくまでも働くことが目的の作業員では見え方や切り取り方が全然違いますから。

──全面マスクや着替えの手順、トイレの方法、休憩棟の内部や建屋の外観、壁に貼られたポスターまで、とにかく描き込みの量がすごいですよね。すべて竜田さんお一人で描かれているんですか?

そうですね。アシスタントはいません。この漫画は背景がもう一人の主人公です。だから見てきた人間が描かないと意味がないんです。

──臨場感が違いますよね。

そうですね。担当編集さんも「伝わってくるものが違う」と言ってくれました。これは漫画の強みの一つだと、描いてみてあらためて実感しました。文章で説明しにくいことや大量の情報を絵とセリフをつかって表現することができるのは漫画だけだと思っています。けれど、だからといって、大層なことが言える立場ではないというのは常に肝に銘じています。私はあくまでも「いち作業員」で、『いちえふ』はあの場所の一部を記録したにすぎません。全体を見てきたような物言いや、福島の人の思いを代弁するかのようなことを描く権利はないと思っています。そういうつもりがなくても誤解を生みかねない言い方になっていることがあるので、編集さんにはそのあたりをチェックしてもらっています。

漫画らしさを抑制した

──その他、描くにあたって気をつけていることはありますか?

先ほど、漫画だからこそできる伝え方があるとお話ししましたが、一方で漫画らしい表現は抑えるようにしています。たとえば、集中線で派手にワッと見せたり、フェイクや仕掛けといったような普通の漫画では当たり前のことをこの漫画では極力控えています。そういう手法は誇張が入るわけで、些細なことを大袈裟に表現するようになると、放射能の恐怖を煽っている人たちとやることが変わらなくなってしまうんです。この漫画は福島第一原発の内情を暴露する作品ではありませんから。あとは、描くと防犯上の問題が発生したり、関係各所に迷惑をかけるかもしれない部分の取り扱いです。別に隠そうとしているわけではありませんが、その線引きにはいつも細心の注意を払っています。

──ちなみに、描くのに苦労されたことってありますか?

牛ですね(笑)

──牛!?

建屋とかをみっちり描くのはなんとかなるんですが…。生きているものって難しいです。

──それは人間も含めてですか?

はい。表情1つで表現したいことが変わってしまいますから。国道6号線の放れ牛はもういません。大変でしたが、当時の状況を表すエピソードとして描くことができて良かったと思っています。

──日常の小さな出来事の描写は、読者としてはたくさんの発見があります。

そういっていただけるとありがたいです。けれど、逆に細かい作業工程にこだわって詳しく描きすぎてしまうこともあって、担当さんに「そんなのいらないです」ってバッサリ切られたりします(笑)。そういう時、やっぱり私は作業員なんだなと思います。

竜田一人が思い描く『いちえふ』のラスト

──2014年度は2年振りに福島第一原発で働いたとのことですが、今後も行きたいですか?

呼んでもらえる限りは行きたいですね。

──はじめて行ってから数年が経っています。その頃と気持ち的な変化はありますか?

漫画の中で描いたように、私が福島に行った理由は「自分なりにできることがあればやってみたい」、それだけです。結果として漫画を描くことになりましたが、そこはまったく変わっていません。昨年行ってみてまだ描ける話があるので連載は続きますが、これから先行けなくて描くことがなくなったらやめるでしょうし、こればっかりはわかりません。できればずっと関わり続けて、収束作業、廃炉作業が全部おわって、あの場所がきれいな公園とかになり、そこに私が立っているシーンを見開きで描いて終わりたいですね。

文/松澤夏織

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