『ユー ガッタ ラブソング 鳥飼茜短編集』発売記念 鳥飼茜スペシャルインタビュー

9月11日、『ユー ガッタ ラブソング 鳥飼茜短編集』が発売される。『おんなのいえ』、『先生の白い嘘』など読者の心を抉る作品を数多く発表している漫画家の鳥飼茜さん。11年に渡る漫画家生活と自身初の短編集である最新刊について話をうかがった。

自分で言うもの何ですが

──初めての短編集ですね。1番前の作品だと2008年のものだそうですが、ご覧になっていかがですか?

鳥飼:あらためて見ると顔とかへたっぴで恥ずかしいです(苦笑)。普段はあまり直したりしないんですけど、今回は少しだけ直しました。

──思い出深い作品はありますか? たとえば難航したお話とか。

鳥飼:どれも1〜2時間くらいでネームが上がったので特に難しかったものはないですね。大きな直しもほとんどありませんでした。

──はやいですね!

鳥飼:読み切りはいつもそれくらいです。連載を描いている時でもまれにバッとあがることがあるのですが、そういう回はとても読み切りっぽいです。その話の中だけで世界が完結しているような話になるんです。

──描く時にテーマを決めますか?

鳥飼:連載は決めますが、読み切りはがっちり決めません。その時触れていたものからインスピレーションを受けることが多いですね。表題作の『ユーガッタ ラブソング』は、東京カランコロンさんの「ラブ・ミー・テンダー」という曲を聴いて生まれました。実は最初タイトルも『ラブ・ミー・テンダー』にしようかなと思っていたんです。

──なぜ変えたんですか?

鳥飼:芸がないなって(笑)。

──なるほど(笑)。ちょっと不思議なお話ですよね。

鳥飼:そうですね(笑)。「ラブ・ミー・テンダー」自体はすごくきれいな曲で、アウトロというのか、後半から終わりにかけての美しいものが永遠に続いていきそうな雰囲気に惹かれました。私、きれいなことって残酷なことと似ているとずっと感じていて、影があるからこそ美しいものはより光るし、誰かが幸せならその裏で誰かが傷ついていたり不幸になっているかもしれないと思うんです。

──このお話も対比がはっきりしていますよね。美しい夕日といずれ朽ちる人間の身体。その狭間で主人公は恋人への思いは永遠だと感じているように見えました。

鳥飼:「永遠に続いて欲しい」と望むことはすごく傲慢です。でも同時に「欲しい」って思い自体はきれいだと思うんです。そんなことを描きたかった…ような気がします(笑)。

──他の作品はいかがですか?

鳥飼:『白鳥公園』はその時読んでいた某小説の不思議な雰囲気を漫画で描いてみたいなと思って。

──セリフまわしが独特ですよね。芝居がかっているというか。

鳥飼:普段セリフは口に出してみて不自然にならないように気をつけています。『白鳥公園』はあえて昔の文学作品みたいな文語調でやった感じですね。

──不自然な話し方なのですが、変な違和感はありませんでした。登場人物のズルさや嫌な部分が会話のやりとりから伝わってきて生々しいからかなと。キャラクターの輪郭がはっきりしているように感じました。

鳥飼:もともと私の漫画は会話劇で成り立っている部分が大きいんですよ。読み切りは短いので個々のキャラクターの「らしさ」を出すのがとても難しい反面、やりがいを感じるところでもあります。

──主人公の元恋人にすごくイラっとしました。相手の望むような言葉を選びつつ、自分が不利にならないように立ち回るズルさには、思わず舌打ちが(笑)。

鳥飼:あっ、本当ですか。そうなんです。イヤな男を描こうとしたんです(笑)。

──ちなみに、収録されている4本の中で1番好きな作品はどれですか?

鳥飼:『家出娘』です! すごく自由に描いた作品です。確かこの話を描いている時、雪が降ったんです。私は関西の出身なので「結構東京って雪降るんやな〜」って思ったんですよね。背景を描くため京都の出身大学の近くまで写真を撮りにいったりしました。ちょうどこの時期、実際の場所を漫画に描くことが自分の中で流行っていて。具体的な風景を思い出しながら描くという方法が、私にはしっくりきたみたいです。この後に描いた連載の『おはようおかえり』は京都のお話ですし、この短編集に入っている作品の舞台もすべて行ったことがある場所です。今描いている『おんなのいえ』でも、主人公の有香(ありか)はこの路線を使っているだろう、すみ香はこの街にいるだろうとかタイミングで具体的な場所を思い浮かべています。

──『家出娘』のどんなところがお好きですか?

鳥飼:背景と人物が馴染んでいるところですね。雪が舞っている雰囲気もすごくいいなと思います。自分でいうのも何ですが、いい話です(笑)。

──雪が音を吸ってしんと静かなバス停で、主人公と男の子2人の声だけがしている…みたいな。

鳥飼:そう! そうなんですよ!

アートの道から脱落して

──漫画家を目指したのはいつ頃ですか?

鳥飼:大学3年生の時です。芸大に通っていたのですが、私は早い段階でアートの道から脱落していました。アーティスト気質の友人達のように「卒業しても続けていく」とは考えられなくて。多分もともとアーティスト的な思考がないんだと思います。就活の時期になり、何とかお金を稼ぐ方法を考えなきゃいけないと思ったのですが、毎日満員電車に乗るのはキツい。いろんなバイトをしてきたので、人につかわれるのもキツい。そんな時、先輩が「アフタヌーン」で賞をとってお金をもらったってきいたんです。漫画を描いて賞をとればお金をもらえるからがんばろうと思い、毎月描いて送るというのを1年半くらい続けました。でも一生懸命描いて1万円とか原稿用紙だけとか。載るっていって載らなかった事件もあったかな(笑)。大学出て半年もせずにデビューが決まったのでとても運が良かったと思います。当初は「別冊フレンド」などで描かせてもらっていましたが、反応はいまいちでした。本も絶版になったし…。その時の私は少女誌であることや、漫画っぽいものを描くことをすごく意識していて、「恋愛を描かなきゃ」「かっこいい男の子を描かなきゃ」「ドキッとさせなきゃ」って勝手に思い込んでいたんです。あと、どうしてもハッピーエンドを描くのが苦手で…。ハッピーエンドってちゃんと夢や理想とかがないと描けないんです。私は現実思考なのでそういう部分が乏しくて(苦笑)。そういうものを心からいいものと思えて、自分の理想がちゃんと心の中にある人はすごいと思います。いまだに羨ましくて、そういうのをやれたらいいな〜と思います。今描いている話は感想が「リアルすぎてつらい」って声ばっかりなんで。

──感想はツイッターとかですか?

鳥飼:そうです。私めちゃくちゃエゴサーチするんです。「えぐる」とか「刺さる」とか…「彫刻刀でぐりぐりやられてるみたい」というのもありましたね。

──痛い(笑)。でもわかります…。お腹痛くなってしまうんですけど、先を読んでしまうんですよ…。そういえば『家出娘』が「別冊フレンド」に載った作品だというのはとても意外でした。正直、あまり少女漫画「らしくない」ですよね。

鳥飼:昔の作品ですがすごく今の私っぽいですね。物語や展開という面では他の作品とくらべても違和感がないと思います。実はちょうど『家出娘』の頃に漫画の描き方が変わったんですよ。古谷実先生のアシスタントをやらせていただいたあとに、先生に「鳥飼さんが普段しゃべっていることを描けばいいと思うよ」って言われたんです。大層なことでなくても、今私が思っていることや感じている雰囲気、不安や不満を描けばいいんだと。

──収録作の『いきとうと』の主人公あかりは、ずっとモヤモヤを抱え続けていますよね。結婚して子供がいてマイホームも手に入りそう…いろんなことが満たされているのに襲われる「何かが違う」という出口のなさ。不満以上悩み未満みたいな塩梅が絶妙だなと。鳥飼先生の繊細な肌感覚に驚きました。

鳥飼:自分ではあまり意識していませんでしたが、今漫画で描いていることはずっと昔からしゃべっていたようです。そういった違和感ってそれぞれの価値観と密接なものなので、受け入れてもらえないんです。それで友人や彼氏とケンカになったり、伝わらないことに対してがっかりしたりして。身近な人であればあるほどわかってもらうことは難しいんだと思ってしまい、落胆も大きかった。そういうものを物語にすることで、話すよりひとに伝わる形に変えられたのかもしれないです。

次々生まれる物語と

──現在、「BE・LOVE」では『おんなのいえ』、「モーニング・ツー」では『先生の白い嘘』など複数の作品を並行して連載していますが、頭がこんがらがったりしないですか?

鳥飼:全然しないですね。『おんなのいえ』の原稿を描きながら『地獄のガールフレンド』(祥伝社刊「FEEL YOUNG」で連載中)の次の話を考えたりっていうのを普通にしています。

──マルチタスク脳ですね。

鳥飼:そうなんですかね。アシスタントさんが同年代の女性ばかりなので、「こんな話はどうかな?」って仕事の話をしながら「最近思うんですけど、男性ってなんでああなんですかね?」「でもそれってこうちゃうん?」「あ、そっか。今鳥飼さんいいこといいましたね」みたいにぽんぽん話が飛びながら雑多な話をしています。そのやりとりで話が決まったりすることもあって、すぐ漫画にしちゃうので知らずに読んだアシスタントさんに「鳥飼さん、これ、こないだの話まんまですね」って言われます(笑)。

──出来立てほやほやなんですね!(笑) ちなみに今、描きたいテーマはありますか?

鳥飼:めちゃくちゃあります。それこそ仕事しながらいくつも考えています! でも一方で根をつめて連載を描こうとも思っています。連載を上手に終わらせるってとても難しいんです。それまで良いと思われてても、終わりが気に入られないと作品自体が悪いと言われることもあります。作家の技量とか器をそれで測られちゃうと残念ながら今の私は力不足でしょうね。だから連載はずっと終わらないで欲しいとか考えてしまうんですけどそうもいかないので(笑)。まずは1話ずつ、要所要所で到達点をクリアして描いていきたいですね。

──最後に、最新刊『ユー ガッタ ラブソング 鳥飼茜短編集』についてひと言お願いします。

鳥飼:この漫画は帯に「4人の女の愛」と銘打たれています。愛という言葉は普段漫画にも書かないですし、口に出すこともあんまりありません。1つのテーマにそって描いた作品たちではありませんし、どれも「その日のこの時間」という一瞬しか描いていません。けれど、広い意味でいろいろな愛のかたちを感じてもらえたらと思っています。読んでくださった方がいろいろ考えてくれたらうれしいです。

文/松澤夏織